指揮者ランキング!世界の超一流 指揮者トップ30!!

  • 投稿日:
  • 最終更新日:2018年12月05日
  • kojiii
世界の指揮者ランキング

自分では音を出さない音楽家『指揮者』というのはとても不思議な職業です。

同じ曲を振っても指揮者によってこんなにも違って聴こえてしまう。同じオーケストラなのに指揮者が違うとまるで違う音がしてしまう。

それは何故なのでしょう?やはり才能なのでしょうか?そこで自分が好きな
『指揮者ランキングTOP 30』を考えてみました。なんと無謀なという声をあえて無視して、異次元の体験をさせてくれた指揮者たちをあげてみます。

指揮者ランキングの前提条件

  1. 自分が生で演奏を聴いた指揮者であること
  2. 指揮者にカリスマ性があること(良い指揮者はオーラが違います)
  3. 自分の音楽をしっかりと持っている指揮者であること

※そうは定義したところで自分の好みになってしまうんだろうけど・・・

指揮者ランキング!30位→21位

【30位】ズデニェク・コシュラー

ズデニェク・コシュラー

Zdenek Kosler(1928 ~ 1995)
出身地:チェコ

地味な指揮者でしたが堅実な指揮者でした。この指揮者でストラビンスキーの「春の祭典」を聴きましたが、それでもN響の上手さもあり、感動したことを覚えています。

【29位】イーゴリ・マルケビィチ

イーゴリ・マルケビィチ

Igor Markevitch(1912 ~ 1983)
出身地:ロシア

亡くなる数ヶ月前のN響定期で「展覧会の絵」を聴きました。かくしゃくたる指揮振りで聴き応えのある演奏でした。少し怖そうなタイプの指揮者でした。

【28位】ガリー・ベルティーニ

ガリー・ベルティーニ

Gary Bertini(1927 ~ 2005)
出身地:イスラエル

マーラー振りで有名でしたが、私が生で聴いたのはヴェルディの「レクイエム」だけでした。曲自体が魂を揺さぶる曲ですが、とても冷静に全体を歌わせていたと思いました。

【27位】ホルスト・シュタイン

ホルスト・シュタイン

Horst Stein(1928 ~ 2008)
出身地:ドイツ

NHK交響楽団の正指揮者でしたからご存知の方も多いでしょう。ドイツ物を中心にレパートリーは広いものがありました。N饗から骨太の音を引き出していました。

【26位】レナード・スラットキン

レナード・スラットキン

Leonard slatkin(1944 ~ )
出身地:アメリカ

ラフマニノフの「交響曲第2番」を聴きました。これからのクラシック界を背負っていく才能のある指揮者だと感じました。中村紘子との協演も聴き応えがあったと記憶しています。

【25位】朝比奈 隆

朝比奈 隆

Takashi Asahina(1908 ~ 2001)
出身地:日本

日本を代表する偉大なる指揮者でした。晩年はシカゴ交響楽団に招かれるなどブルックナーの演奏には定評がありました。私はブルックナーは聴き逃しましたが、ベートーベンの「第九」は印象に残っています。ゆったりとしたテンポで内声もしっかり聴かせていました。感動的な演奏でした。

【24位】ギュンター・ヴァント

ギュンター・ヴァント

Gunter Wand(1912 ~ 2002)
出身地:ドイツ

レパートリーは広い指揮者でしたが特にブルックナーの演奏には優れたものがありました。「交響曲第4番」、「交響曲第8番」を聴きましたが、ブルックナーの世界が見事に表現された名演だったと思います。

【23位】セルジュ・ボド

セルジュ・ボド

Serge Baudo(1927 ~ )
出身地:フランス

初めて聴いたのがNHK交響楽団定期のラロ「スペイン交響曲」でした。ヴァイオリンはジャン・ジャック・カントロフでした。初めて聴く曲で胸が熱くなって感動したことを思い出しました。

【22位】ヴァーツラフ・ノイマン

ヴァーツラフ・ノイマン

Vaclav Neumann(1920 ~ 1995)
出身地:チェコ

チェコ出身でしたのでスメタナなどが得意でした。私が聴いたのはマーラーの「交響曲第3番」、素晴らしいひと時でした。晩年はマーラーなども得意としていました。

【21位】ズービン・メータ

ズービン・メータ

Zubin Mehta(1936 ~ )
出身地:インド

小澤征爾と同年代の世界的な指揮者です。ベルリン・フィルやウィーン・フィルの常連です。私が聴いたのはイスラエル・フィルとのマーラー「交響曲第5番」。弦楽器がとても印象的なとっても素晴らしい演奏会でした。

指揮者ランキング!20位→11位

【20位】若杉 弘

若杉 弘

Hiroshi Wakasugi(1935 ~ 2009)
出身地:日本

日本人では珍しくオペラが得意でした。各国の名だたる歌劇場の音楽監督などもいくつも努めてきました。ケルン放送交響楽団の主席指揮者のときに来日公演を聴きましたが(マーラーの5番)感動しました。とてもしなやかな指揮者でした。

【19位】シャルル・デュトワ

シャルル・デュトワ

Charles Édouard Dutoit(1936 ~ )
出身地:スイス

元NHK交響楽団の音楽監督(今は名誉音楽監督の称号を与えられている)。他のオーケストラとの来日公演もよく来ています。スイス人ですがフランスものを演奏させたらより長所を発揮します。

【18位】オッコ・カム

オッコ・カム

Okko Kamu(1946 ~ )
出身地:フィンランド

フィンランド生まれの彼はやはりシベリウス振りとして取り上げられることが多い。私も彼のシベリウスの「交響曲第2番」を聴いて感動した一人です。北欧の風を感じた熱演だったと記憶しています。

【17位】ロリン・マゼ-ル

ロリン・マゼ-ル

Lorin Maazel(1930 ~ 2014)
出身地:アメリカ

一言でいえば天才的な指揮者。人気はあまりなかったけれど、各地の世界的なオーケストラのポストを多く努めてきた能力の高い指揮者です。20世紀巨匠型指揮者の最後の人でした。

【16位】ヘルベルト・ブロムシュテット

ヘルベルト・ブロムシュテット

Herbert Blomstedt(1927 ~ )
出身地:アメリカ

NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者でもある彼の指揮は多くの方がご存知でしょう。べートーヴェンやブルックナーなどドイツ系の音楽にとくに優れています。

【15位】ヴォルフガング・サヴァリッシュ

ヴォルフガング・サヴァリッシュ

Wolfgang Sawallisch(1923 ~ 2013)
出身地:ドイツ

彼もNHK交響楽団に長く指揮に来ていて皆さんも良く知っていると思います。ドイツ系を得意とし、ブラームスなどを聴いた日はよく胸を高鳴らせながらNHKホールから原宿駅まで歩いた思い出があります。

 

【14位】アルヴィド・ヤンソンス

アルビドヤンソンズ

Arvid Jansons(1914 ~ 1984)
出身地:ラトビア共和国

私が初めてソ連(当時)のオーケストラを聴いたときの指揮者でした。あの時のチャイコフスキーの「交響曲第4番」は今でも強烈に印象に残っています。

【13位】ロヴロ・フォン・マタチッチ

ロヴロ・フォン・マタチッチ

Lovro von Matačić(1899 ~ 1985)
出身地:ユーゴスラビア

NHK交響楽団を最後に振りにきたときの演奏はマタチッチらしさが良く出ていて感動しました。オーケストラ側も指揮台の大指揮者への尊敬の度合いがすごくあって大変素晴らしいコンサートでした。

【12位】エリアフ・インバル

エリアフ・インバル

Eliahu Inbal(1936 ~ )
出身地:イスラエル

フランクフルト放送交響楽団とのマーラーは大熱演でした。マーラー振り専門の印象がありますが古典から現代曲までレパートリーは広いです。

【11位】オトマール・スウィトナー

オトマール・スウィトナー

Otmar Suitner(1922 ~ 2010)
出身地:オーストラリア

NHK交響楽団にしばしば客演していたので多くの方がご存知でしょう。ドイツロマン派だけでなくレパートリーも広いです。統一前の(旧東側)ベルリン国立歌劇場管弦楽団などともよく来日していました。

ベスト10に突入!指揮者ランキング10位→4位

【10位】サー・サイモン・ラトル

サー・サイモン・ラトル

Sir Simon Denis Rattle(1955 ~ )
出身地:イギリス

2018年までベルリン・フィルのシェフでしたが、そこを止め現在はロンドン交響楽団の音楽監督に専念しました。バーミンガム市交響楽団来日の時に聴きましたが才能溢れる指揮者です。

【9位】ダニエル・バレンボイム

ダニエル・バレンボイム

Daniel Barenboim(1942 ~ )
出身地:アルゼンチン

ピアニストでもあり指揮者でもある才能豊かな音楽家です。歌劇場の音楽監督を長くしてきたこともありレパートリーも広いです。私が聴いたのはパリ管との「春の祭典」体中の血がたぎりました。

【8位】カルロ・マリア・ジュリーニ

カルロ・マリア・ジュリーニ

Carlo Maria Giulini(1914 ~ 2005)
出身地:イタリア

20世紀型巨匠のひとり。ジェントルマンはかくあるべしといった人でした。私の聴いたロス・フィルとのブルックナー「交響曲第7番」は思い出深い公演でした。東京文化会館の空調設備が壊れてすごく暑い中(楽員はほとんどワイシャツ姿)きちんと上着を着て最後まで演奏していた姿は今でもよく覚えています。

【7位】リッカルド・ムーティ

リッカルド・ムーティ

Riccard Muti(1941 ~ )
出身地:イタリア

イタリアの才能あふれるパワフルな指揮者です。ロサンゼルス・フィルとの来日公演しか聴いていませんが、もっともっと生で聴いておきたい人でした。オーケストラからすごい音楽を引き出す素晴らしい指揮者です。

  

【6位】クラウディオ・アバド

クラウディオ・アバド

Claudio Abbado(1933 ~ 2014)
出身地:イタリア

ムーティと並んでイタリアを代表する指揮者です。元ベルリン・フィルのシェフでしたが体調不良もありわずか数年で辞任しました。現代を代表する指揮者でした。亡くなったのが本当に残念な指揮者です。

【5位】リッカルド・シャイー

リッカルド・シャイー

Riccardo Chailly(1953 ~ )
出身地:イタリア

カラヤン/ベルリン・フィルを聴いた数日後に彼を聴きました。カラヤンのあとにどうかなと思って聴きにいきましたが、なかなかどうして。こんなに素晴らしい音楽を聴かせて貰えて嬉しかったと思ったのを思い出しました。

【4位】カルロス・クライバー

カルロス・クライバー

Carlos Kleiber(1930 ~ 2004)
出身地:ドイツ

天才的な指揮者でした。私が聴いたのはバイエルンときたときのベートーヴェン「交響曲第7番」。熱狂的な音楽で興奮したのを覚えています。偉大な指揮者でしたが録音が非常に少なくて残念です。神経質でよくキャンセルのあった指揮者でもありました。

ついにベスト3の発表です!
ここからは更に細かく偉大な指揮者を紹介していきたいと思います。

 

【3位】レナード・バーンスタイン

レナード・バーンスタイン

Leonard Bernstein(1918 ~ 1990)
出身地:アメリカ

アメリカの偉大なる指揮者であり作曲家。
カラヤンと並んで人気を二分した最高の指揮者の一人です。

レナード・バーンスタインのキャリア

ユダヤ系移民の両親の間に生まれ、ハーバード大学音楽科を卒業後はカーティス音楽院で学び、その後ニューヨーク・フィルの副指揮者になりました。ワルターのピンチヒッターで指揮した演奏会が話題になり、1958年に音楽監督に抜擢されました。彼の在任中はニューヨーク・フィルの「黄金時代」と呼ばれ、このオーケストラの人気を高めました。楽団員とはとても関係がよく、友人のように付き合い、彼の在任中、首にした楽団員は一人もいません。
彼がやめたあとのニューヨーク・フィルは演奏レベルが落ちたなどと陰口を叩かれたこともありました。

ニューヨーク・フィルをやめた後は特にほかのオーケストラのポストにつくこともなく(想像するに音楽監督の仕事がいかに大変だったかということだろう)数々の世界的なオーケストラと演奏を行っています。

晩年はウィーン・フィルとの関係が親密化し、演奏会はもちろん、その演奏会のライブ録音を数多く残しました。この一連の演奏は特に素晴らしく、彼の名声をさらに向上させました。

作曲家としてのバーンスタイン

作曲家としても有名で、交響曲も3番までありますし、なんといってもミュージカル「ウェストサイド物語」は誰でも聴いたことがある曲でしょう。
ほかには「キャンディード」なども有名です。その他ミュージカルや合唱曲まで多くの作品を残しています。

カラヤンとの確執

当時よく噂にのぼったのがカラヤンとは犬猿の仲ということ。カラヤンはベルリン・フィルに彼を指揮させなかったのは事実です。たった一度だけベルリン・フィルの楽員が望んで客演が許されただけです。

今となっては本当かどうかはわかりませんが、彼がお忍びでカラヤンの演奏会を聴きにいくほどお互い意識しあっていたことは本当のようです。天国に召された今、ふたりがどんな関係になっているかは興味があるところです。

指揮台で飛び跳ねる指揮者

私が彼を聴けたのは二回だけでしたが、今でも強烈なインパクトとして残っています。 最初はニューヨーク・フィルとのショスタコーヴィチの「交響曲第5番」。最弱音から最強音になると指揮台で飛び上がったり、フレージングさせるようなところでは体中を使って指示を与えていて、まるで指揮台でダンスを踊っているようでした。そのときの感情をむき出しにした表情豊かな指揮をする人でした。心の中に直接に迫ってくる音楽で、本当に感動しました。

二度目はイスラエル・フィルとのマーラーの「交響曲第9番」。あの馬鹿でかいNHKホールでも最弱音をしっかり響かせ、歌わせるところはしっかり歌わせ、繊細で大胆な、実に見事なマーラーでした。最後の音が終わった後のちょっとした静寂。
聴いているみんなが感動していた証拠でした。私も不覚にも涙がこぼれました。

ニューヨーク・フィルと録音したベートーヴェンなんかはよく教科書的でつまらないという人もいます。
そうなんです、やっぱりこの人はライブでこそ実力を発揮するのです!晩年ウィーン・フィルとの多くの録音は全てライブ録音でした。指揮台で踊れる環境じゃないと本領を発揮できない、まさに本番に強い指揮者でした。

【2位】小澤征爾

小澤征爾

Seiji Ozawa(1935 ~ )
出身地:日本

日本が世界に誇る大指揮者。
ベルリン・フィル、ウィーン・フィルなど世界的なオーケストラと協演が多くあり、一時はカラヤンの後継者ともいわれました。

小澤征爾は女子高出身だった?

現在の中国瀋陽市生まれ。4人兄弟の3番目。帰国してからはピアニストを目指していましたが、ラグビーで指を痛め断念し、指揮者の道を選びました。指揮を齋藤秀雄に師事するため成城学園高校から桐朋女子高校(名前はこうでも男女共学)に入学し直しました。その後桐朋学園短期大学を経て、ブザンソン国際指揮者コンクール第1位、カラヤン指揮者コンクール第1位を取り、プロの指揮者として歩みだしました。

小澤征爾のキャリア

彼のキャリアの出発はNHK交響楽団の客演指揮者でした。ここでは詳しく述べませんが「N響事件」が起こり、日本を離れアメリカに拠点を移しました。

アメリカに渡った彼はバーンスタインに師事し、ニューヨーク・フィルの副指揮者になりました。カラヤンにも師事し才能が開花していきます。その後とんとん拍子に幸運が訪れ、次々に大オーケストラの音楽監督のポストについていきます。

トロント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、ボストン交響楽団(なんと音楽監督30年)、そして、ついにウィーン国立歌劇場の音楽監督まで上りつめました。東洋人がその座に座るなんて考えられないポストです。彼の音楽的資質がいかに豊かなのかを世界に示した事例でした。
しかし、オペラに重点を移した矢先、彼に癌が見つかり任期半ばで辞任することとなりました。オペラ音楽の評価の良くなかったオザワのオペラがどう変わっていくのか興味があったのでとても残念です。

しなやかな指揮者

若い頃の彼の指揮は楽譜の全てを表現するかのように事細かに振っていました。昔の映像を見ていると本当によく手を動かし、ソロのパートにはきっちりとキューを入れていて、指揮法の手本みたいな指揮でした。でも今はそんなことを感じたことはありません。いつ頃から変わったのでしょうか?

数多くの一流オーケストラを指揮し続けて、自分の音楽を引き出すテクニック、ノウハウを自然と身に着けてきたのでしょう。歳と共に音楽の解釈(楽譜の読み取り方)も深まってきたという事も関係があるはずです。彼がまだ下積みのころ、師事していたシャルル・ミュンシュやカラヤンからよく「力を抜け」と言われたそうです。まさに今の彼はその意味を理解し「しなやかな指揮者」になったのです。

小澤征爾の音楽との出会い

彼を最初に聴いたのは私が大学一年生の時、私がクラシックに目覚めてすぐの頃でした。 NHKホールの二階席。テレビでしか見たことのない彼がステージに登場してきた姿は今でも忘れません。
オケは新日本フィル、曲目はベートーベンの「田園」「運命」でした。演奏自体良く覚えていませんが、あの小澤征爾が目の前にいてそこで格好良く指揮をしていたことは鮮明に覚えています。

彼を聴きたいがために新日本フィルの定期会員になり、その後は彼のレコード、CDを買いあさり、演奏会にはせっせと通い詰め、本を出せばすぐに読み、友人から小澤フリークと呼ばれるようになりました。

「オーケストラがやってきた」というテレビ番組にもたまに彼が出演していましたから、その公開録画にも何回か通いました。テレビ番組作りと彼の練習風景が見られて満足していました。大学時代の良い思い出です。

世界のオザワは情熱的な指揮者

彼のコンサートには行ける限り聴きに行くと思っていましたから、新日本フィル、ベルリン・フィル、ボストン交響楽団のコンサートであわせて数十回は聴いていると思います。でも残念なことに未だサイトウ・キネン・オーケストラをライブで聴けていません。CDで聴くと物凄い演奏なのでとても残念です。

その中でのベスト1は1986年10月28日、サントリーホールのオープニングコンサートシリーズ。カラヤンの病気代役で指揮したリヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」この日のベルリン・フィルは物凄い名演奏でした。こんなにも心を揺さぶられた演奏は年に何回あるかどうか。カラヤンのキャンセルでチケットを払い戻してこの演奏を聴き逃した人はとても残念でしたね。

次にはボストン交響楽団とのマーラーの「交響曲第3番」(1986)井原直子と晋友会合唱団との協演。それにマーラーの「復活」(1989年)(この時も晋友会合唱団)、どちらのマーラーも素晴らしかったです。

新日本フィルとの演奏では第百回定期公演のマーラー「復活」。オーケストラにはいろいろ不満は残るけど、これもなかなかのものでした。それとブルックナーの「交響曲第7番」。協奏曲ではアルゲリッチと協演したラヴェルの「ピアノ協奏曲」。ルドルフ・ゼルキンと協演したベートーベンの「皇帝」。ロストロポーヴィチとのチャイコフスキー「チェロ協奏曲」。どれも忘れがたい名演奏でした。あとジェシー・ノーマンとの協演も心に残っています。

バーンスタインのところでちょっと書きましたが、小澤征爾も録音よりはライブの指揮者で、その場にいて彼の演奏を聴いてこそ、その情熱的な熱狂を味わえます。

【1位】ヘルベルト・フォン・カラヤン

カラヤン

Herbert von Karajan(1908 ~ 1989)
出身地:オーストリア

『帝王』と呼ばれた20世紀を代表する偉大なる指揮者。
この人を超える指揮者が今後現れてくれるのでしょうか。圧倒的才能!圧倒的センス!全てにおいて世界、そして私を魅了し続けた天才!!

帝王カラヤンのキャリア

彼はオーストラリアのザルツブルグで生まれました。モーツゥアルテウム音楽院とウィーン音楽院で学び、地方の小都市の歌劇場のポストをいくつか経た後、ベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任し世界的名声を得ました。第二次世界大戦中にナチスに協力したとして数年不遇な時期を過ごしましたが、1948年ウィーン交響楽団の主席指揮者になったことをかわきりに、フィルハーモニア管弦楽団との様々な曲を録音して再度ヨーロッパ音楽界にその名を知らしめました。

犬猿の仲だったフルトヴェングラーが没すると満を持してベルリン・フィルの終身主席指揮者兼芸術総監督に就任しました。1956年にはウィーン国立歌劇場の音楽監督にも就任し、音楽界の頂点を極め、その頃から『帝王』と呼ばれるようになりました。1964年にウィーンの音楽監督は辞めましたが、その後も晩年までウィーン・フィルとの関係は続きました。

ベルリン・フィルとは終身うんぬんというポストでしたが、いわゆる「ザビーネ・マイヤー事件」が起こり(ここでは詳細は書きません)、オーケストラとの関係が悪化し1989年その地位をやめました。晩年のこの時期にベルリン・フィルと喧嘩別れのようになったことはとても残念でした。晩年はほとんどウィーン・フィルだけとしか演奏会、録音はしませんでした。

カラヤンの成しえた仕事

彼は演奏会のみならず、ベルリン・フィルの音楽監督になる前から数々の録音をしてきました。フィルハーモニア時代から始まり、ベルリン・フィルという世界一のオーケストラを手に入れてからはおびただしい数の録音、録画に精力的に打ち込んできました。ウィーン・フィルともベルリンには数的には劣るものの、こちらも同様の仕事をしてきました。

音楽美の追求とでも言うのでしょうか。古典派から近代の作曲家まで、その範囲は幅広いものです。数多くのオペラもそうそうたる歌手たちを使って録音しています。ベートーベンやブラームス、チャイコフスキーなどの全集は何度も録音し直しています。「好きな曲は究極まで突き詰める」カラヤンの思いが伝わってきます。

特筆に価するのが彼の録音にははずれがないこと!!どの作曲家の曲でもその水準の高さには驚かされます。だからこそ今でも繰り返しCD、DVDが発売され続けるのでしょう。もし彼が現代に生きていたら当然インターネットを利用していたでしょう。そしてライブに来られない人のために数々の演奏を流していたはずです。

スピード狂、カラヤン

有名な話ですが、カラヤンは自家用ジェットを持っていました。まああれだけ稼ぐ人ですから当然と思いますが、なんと彼は自分で操縦していました!。

空だけでなく、スポーツカーにも凝っていて何台も持っていました。ポルシェなんかを颯爽と運転している様子がテレビなどでたまに放送されていました。

どんな姿も絵になる本当に格好の良い指揮者でした。

 

「帝王」カラヤンを聴いて

カラヤンの演奏を初めて聴いたのは、NHK-FMの音楽番組だったと思います。ベートーベンの「田園」。テンポの速さにびっくりしました。まさにポルシェで田舎道をぶっ飛ばしている感じでした。凄いベートーベンの演奏をやるなと感心したものです。

生で彼を聴いたのは1981年10月28日、東京文化会館でした。オケはベルリン・フィル。7列目のちょっと左寄りのセンターの席で、カラヤンが颯爽と舞台に出てきて指揮台にのっただけで感激のあまり涙が出そうになりました。曲目はベートーベンの「交響曲第1番」と「英雄」でした。集中するために本当に目をつぶり指揮しているさまは、神のようにオーラに満ちていました。「英雄」は私の一番好きな曲ですが、こんなに素敵な演奏が本当に生で聴けている幸せを芯から味わいました。

次に聴いたのが1984年10月23日、普門館でした。オケはベルリン・フィル。曲目はブラームスの「交響曲第3番」「交響曲第1番」。このときはホールがでか過ぎて音楽が散漫になるような感じであまりよい感想ではなかったです。ただ「帝王」と同じ空気を吸っているという感激はありました。

最後は亡くなる前の年、1988年5月5日、サントリーホールでした。当然オケはベルリン・フィル。曲目が当日変更になり、モーツァルト「交響曲第39番」、ブラームス「交響曲第1番」。今の皇太子夫妻が聴きに来ていたり、私のすぐ左前の席に当時のソニーの盛田会長がいたりと、いろいろな意味で感動した日でした。この日のブラームスはなかなかの演奏でした。当時オーケストラとの問題があったにもかかわらず、これだけの演奏をするベルリン・フィルも凄いオーケストラです。ブラームスの曲が終わりに近づいたときにまだ終わらないでほしいと願ったこともまるで昨日のように覚えています。

最後に

以上、私が生で聴いてきて素晴らしいなと思った指揮者達です。
順番を付けるのも本当は意味のないことかも知れませんが、書いていて今までの自分の音楽の聴き方とかいろいろ考えさせられるものがありました。皆さんも一度自分の聴いてきたコンサートなんかを思い出されるのもいいかもしれません。

関連記事

”音楽”の記事一覧(10件)

新着記事(5件)