「ザビーネ・マイヤー事件」カラヤンとベルリン・フィルの確執

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  • 最終更新日:2018年03月28日
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1982年、ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルが女性のクラリネット奏者「ザビーネ・マイヤー」を入団させるかどうかをめぐって揉めた事件のことである。

当時のベルリン・フィルは創立100年を迎えており、オーケストラの格式を保つため、伝統的に男性団員以外の入団は認めていなかった。

一応楽員側の反対理由はベルリンの音と会わないからと言ってはいるが、実際のところはザビーネ・マイヤー氏が女性であった事が原因とされている。

ベルリン・フィルがカラヤンにキレた!

ザビーネマイヤー事件

カラヤンはザビーネ・マイヤーのクラリネット奏法の才能が気に入り、ちょうど第二クラリネット奏者が不在になったこともあり、彼女をベルリン・フィルに迎え入れようとしたが楽団員の全員投票で否決された。

楽団の投票で決定したにも関わらず、カラヤンはあくまで強行に彼女の入団を主張し一歩も引かなかった。楽団員の採用の権限は楽団側にあり、その楽団投票で否決された彼女を採用することはありえないと主張するベルリン・フィル側とカラヤンとはそれ以後ことごとく対立するようになる。

そんな対立を望んでいない彼女は自主的に身を引くが、両者の仲はますます険悪になり、60年代から続いてきたカラヤンとベルリン・フィルの蜜月時代が終焉を迎える事となった。カラヤンはベルリンで演奏会をする時でもこの事件以降はウィーン・フィルと仕事をするようになった。

その後のザビーネ・マイヤー

ザビーネマイヤー事件

ベルリン・フィルに入団できなかった彼女はその後ソリストになり、この事件によって名前が売れたこともあり、世界の主要なオーケストラから招かれ活躍している。

この事件の翌年、彼女の兄と夫の三人で「トリオ・ディ・クラローネ」を結成し、モーツァルトから現代曲まで幅広く演奏会をこなしている。

録音活動もさかんで著名な指揮者と組んで協奏曲やクラリネットのソロの曲に精力的に取り組んでいる。

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