ダイアログ・イン・ザ・ダーク。世界が注目する完全なる闇の世界を体感しましたか?

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  • 最終更新日:2019年01月10日
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ダイアログインザダーク、今世界に注目される未体験の世界とは

あなたは「暗闇の世界」「音の無い世界」を想像した事がありますか?

心を癒してくれる家族の顔、心を穏やかにしてくれる湖の景色、見るだけでパワーをもらえる甲子園球児たち、もしその顔、景色、姿が見えなくなり、暗闇の世界になってしまったら・・・
優しい母の顔、妻の笑顔、真剣に話を聞いてくれる友人の眼差し
その全てから色が失われもう目にする事ができなくなってしまったら・・・

朝の「おはよう」夜の「おやすみなさい」席を譲ってあげたおばあちゃんの「ありがとう」相手の言葉が全部聞こえなかったら・・・。
家族、恋人、友人、仕事場の人達、道行く人達、その人たちが発する言葉がなにも聞こえなくなってしまったら・・・。

今海外ではこの普通では絶対に体験する事ができない世界を体験するイベントが大注目されています。どのようにしてダイアログ・イン・ザ・ダーク、サレンスが生まれたのか。今後その未知なる経験をされる前に是非一度その起源を知ってください。

完全なる「闇」「無音」を体験

完全なる「闇」「無音」を体験

人は人と繋がっていなければ生きていく事はできません。
しかしながら視覚障害や聴覚障害などが原因でコミュニケーションを取る事が非常に困難な人たちがたくさんいます。まったくレベルは違うかもしれませんが、海外旅行に行った時、外国の人と話す時、赤ちゃんとのコミュニケーションなど、言葉が伝わらなくてもどうにか身振り手振りで自分の言いたいことを一生懸命伝えようとした経験があると思います。

人間は様々な壁があってもそれを乗り越え、人と人で繋がる事ができる事に、みなさんきっと気づいているはずです。

真っ暗な世界、音のない世界・・・その中での対話、そして、その対話を楽しむ。

たとえどんな壁があったとしても、人は対話を楽しむことができる!
それはある意味エンターテイメント!!

そんなことを考え、発案した人がいます。

Andreas Heinecke(アンドレアス・ハイネッケ)

暗闇の生みの親アンドレアス・ハイネッケ

1955年ドイツに生まれ、1983年にドイツのラジオ局でジャーナリストとして入社。ある日、彼は上司からあるミッションを頼まれます。

「視覚障害者を雇うつもりだ。その教育係になってほしい」

彼は、驚き、戸惑います、なぜなら、彼は盲目の人に会ったことがなかったからです。

盲目の青年との出会い

アンドレアス・ハイネッケは、盲目の青年を紹介されます。彼の名前はマティアス、2年前に自動車事故で失明してしまっていました。

アンドレアス・ハイネッケは彼のアパートに向かい、彼の家のチャイムを鳴らしました。すると、彼が予想していた人物とは全然違う青年が姿を現しました。マティアスは、長身で長髪、革ジャケットを着て、まるでロックンローラーのような出で立ちの青年でした。

アンドレアス・ハイネッケは部屋を間違えたかと思いましたが、マティアスは明るい表情で自己紹介をし、アンドレアス・ハイネッケを部屋に招き入れました。

暗闇の世界での日常は想像とあまりにも違っていた

マティアスさんの部屋の構造は変わっていて、リビングに行くには階段を下りなければいけません。アンドレアス・ハイネッケはマティアスさんの肩を叩いて、「階段だから、気をつけて!」と声を掛けました。すると、驚くべき答えが返ってきました。

「僕はここの住人ですよ。大丈夫」と笑って、まるで見えているかのように階段を下りていったのです。コーヒーまでご馳走になったアンドレアス・ハイネッケ。

アンドレアスは、盲目の青年のあまりにも普通な振る舞いに衝撃を受けました。それまでに思っていた「視覚障害者は何もできない」という考えが、いかに偏見だったかという事を突き付けられたからです。

それから2年間、アンドレアス・ハイネッケとマティアスさんは一緒に仕事をする事となります。アンドレアスは視覚障害者と一緒にすごした濃密な時間を振り返り、対話というものの大切さを痛感したそうです。

暗闇のエンターテイメント誕生まで

アンドレアス・ハイネッケはユダヤ人の母とドイツ人の父を持つバイカルチャーです。人間は片方のサイドに立つとその片方から見た意見を持つようになるものですが、両方の遺伝子をもっていた彼は「なぜ人は対等なのに人を区別してしまうんだろうか」という疑問を若いときから抱いていたそうです。

彼は、人間というものを探求しながら哲学を勉強するようになりました。その中でマルティン・ブーバー(宗教哲学者)の「対話の哲学」という思想に出会い、違った文化を融合するには「ダイアローグ」=「対話」を1つのモチーフとしてやっていくということに感化されていきます。そして、マティアスさんとの出会いを機にアンドレアス・ハイネッケは暗闇の世界を視覚障害者のアテンドによっていろいろな体験をするというイベントを発案する事となります。

健常者にとって暗闇の世界がいかに大変かではなく、日常生活のさまざまな事柄を暗闇の空間で聴覚や触覚など、視覚以外の感覚を使って体験する、暗闇の中での対話を楽しむというエンターテイメントを作り上げたのです。

そうして生まれたのがダイアログ・イン・ザ・ダーク

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

ダイアログインザダーク、今世界に注目される未体験の世界とは

1988年から始まったダイアログ・イン・ザ・ダーク。
今は世界41か国以上で開催されていて800万人を超える人が体験し、何千人もの視覚障害者のアテンド、ファシリテーターを雇用してきました。

学校や企業団体(トヨタも採用)での課外授業・研修などにも利用されています。

ダイアログ・イン・ザ・ダークとは?

参加者は数人のグループとなり、事前に用意された白杖を持って完全に光を遮断した暗闇のコースを歩いていきます。暗闇内では「アテンド」と呼ばれる視覚障害者のスタッフが参加者を先導しサポートにあたり、暗闇内は参加者同士で声をかけあって進み、床や壁・設置物を触ったり飲食などの体験をします。

そこでは、匂い、音、風、温度や質感が、たとえば公園や街並、酒場など、日常的な環境の特徴を伝えてくれます。

そして役割の逆転が生じます。
見える人は慣れ親しんだ環境から体験したことのない世界に放り込まれます。そして見えない人が彼らの安全を確保し、何も見えない世界の過ごし方を教えてくれるのです。体験時間は約90分。

アンドレアス・ハイネッケが目指すもの

アンドレアス・ハイネッケいわく、ダイアログン・イン・ザ・ダークは盲目を疑似体験させるものではないと言っています。盲目イコール暗闇と言ってしまうのは、あまりに単純だからだと。

実は暗闇と彼らの実生活とはかけ離れているそうです。

実際、本当に暗闇しか見えない人は盲人の中でもたったの5%で、多くの人はそれぞれ異なる視覚障害を持っています。そして、盲人にとっての暗闇とはむしろ21世紀になってもいまだ消える事のない差別や社会的排除、偏見など。

ダイアログ・イン・ザ・ダークの体験者は相互に助け合ったり、情報を共有したりするきっかけとなる経験からくる強い感情を通して結び付けられ、対話することがもっとも重要なことと感じ始めます。話をしないことは存在しないことを意味することと同じで、社会的な関係は消え、結束が生まれます。

人に簡単に評価されたりレッテルを貼られたりすることもなく、自分自身の価値観や存在意義を対話によって表現するチャンスが与えられます。そして障害者に対する共感や理解が進み、人間の多様性に対する認識が広がります。

社会的対話とはまた別に、ダイアログ・イン・ザ・ダークでは自分のアイデンティティーや知覚について考えられるよう工夫がされており、完全な暗闇に入り自分の限界を感じ、住み慣れた世界から引き離されると同時に、自分との対話が始まります。

突然フラストレーションが堪り、激しい感情の動きを経験するのか、自分自身の限界を感じるのか、または新しい感覚を発見するのか、新しい社会的評価の場となります。そして自分の視力に対して感謝することになります。たった90分ほどの経験が、自分の中にいくつかの予想しなかった発見が生まれます。これが、アンドレアス・ハイネッケが求めているものです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークの効果

ダイアログ・イン・ザ・ダークに体験後に書いてもらうアンケートを見ると、自分の感想や感情を表現したい衝動にかられたことを証明されています。

コメントは大きく3つに分かれます。

32%がこの経験に感謝を示している
37%がこの経験に満足している
31%が自分の経験を振り返ったり、分析したりする時間を作っている

ダイアログ・イン・ザ・ダークによる重要な効果が一つあります。それは盲目のアテンドに対する感謝の気持ちです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験することで、盲目の人は不安や危険を排除し助けてくれる人として認識されます。彼らに対する感謝と賞賛の気持ちが生まれるのです。そして社会的距離感が関心に、哀れみが敬意へと変わっていくのです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは新鮮な刺激を与えると共に日々の思考パターンを覆し固定概念をも消し去り、今まで経験したことのない、暗闇の世界を体験できる扉を開いてくれるのです。自分自身の価値観や考え方をもう一度見直すきっかけを作り、自分の限界を経験し、また別の文化や人生を持つ人との出会いを与えています。

2つ目大きな効果は、この新たな発見がなかなか消えないことです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを数年前に体験した方に、改めてコンタクトを取って、自由回答によるアンケートを依頼してみると。

100%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークの名前を記憶していた。
100%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークに一緒に行った人を覚えていた。
90%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークは盲目の人の世界を感じた。
100%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークはその目的を達成していたと思った。
98%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークでの体験を友人や同僚、家族に話した。
80%の人が自分は「見えないこと」について新たな知識を得たと答えた。
52%の人が他の人にダイアログ・イン・ザ・ダークを勧めた。
34%の人が再訪した。

アンドレアス・ハイネッケはこの結果はあらゆる年齢、性別、教育レベル、文化、社会的なバックグランドに関係なく出た結果だと言っています。さらに、盲目のスタッフの人格やアイデンティティーの成長にも影響を与えたと言っています。

アテンドをすることにより、自己認識や健常者との関係性が変わり、自尊心が芽生えたことが素晴らしいことだと言っています。障害というハンディのコンプレックスから上のランクに上ることができ、自分に自信が持て、収入を得られることで家族や友人からリスペクトされる立場に変わっていく。ダイアログ・イン・ザ・ダークから離れても仕事を続けられるようになり、障害者が福祉を受けてから社会への貢献者へと変わり、自分の人生を取り戻していると言っています。

ダイアログ・イン・ザ・ダークはビジネスだということ

ダイアログ・イン・ザ・ダークはビジネスだということ

最も重要な事の1つですが、あくまでもチャリティーではなくビジネスである事がダイアログ・イン・ザ・ダークの肝です。視覚障害を持つ人々が施しではなくしっかりと自分たち自身の手でお金を稼ぐというシステムこそが世界の未来を切り開く力の鍵となるのです。

アショカ・フェロー

ダイアログ・イン・ザ・ダークの社会的な影響力が評価され、アンドレアス・ハイネッケは2005年に西ヨーロッパで初めて、社会起業家として『アショカ』(世界最大の社会起業家のネットワーク組織)からフェロー(特別研究員)に選出されました。

アンドレアス・ハイネッケは選出されたとき、社会起業家という言葉さえ知らなかったようです。フェローに選ばれたことにより、彼のやっている事業の知名度も飛躍的に上がりました。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを始めたころは「暗闇を売るビジネス?」「何それ?」と言われることが多かったようですが、フェローに選ばれたことで世界各国の企業や自治体、投資家もだんだん彼の言葉に耳を傾けてくれるようになりました。アシカは、ダイアログ・イン・ザ・ダークの事業自体のサポートもしているようです。開催地の現地調査を綿密に行ってくれたりしているようです。

新たなステージ

アンドレアス・ハイネッケは暗闇の世界だけでなく、音のない世界「ダイアログ・イン・サイレンス」と高齢化社会を見越した70歳以上の高齢者がアテンドする「ダイアログ・ウィズ・タイム」も発案し、既に実施しています。

ダイアログ・イン・サイレンス

ダイアログ・イン・サイレンス

1998年にドイツで初めて開催され、その後フランス、イスラエル、メキシコ、トルコ、中国でも開催されました。世界各国で開催され、100万人の方が体験しました。日本でも去年、初めて開催され3500人の方が体験しています。2018年8月にも日本で2回目となるダイアログ・イン・サイレンスが開催されました。

基本概念はダイアログ・イン・ザ・ダークと変わらず、耳の聞こえない人の世界がいかに大変かを体験するものでもなく、手話を勉強する場でもありません。体験者は音が聞こえないヘッドフォンを付け、聴覚障害者のアテンドにより、いろいろなブースを回り、ブースによって課題があり、その課題をみんなと喋る以外のコミュニーケーションを使い課題をクリアしながら対話を楽しんでいきます。

アンドレアス・ハイネッケは、ダイアログ・イン・サイレンスが日本人向きではないと想像したそうです、なぜなら、日本人は相手と話をする時、イタリア人のようなオーバーアクションや表情が豊かなわけではなく、あまり喋らない人が多いと感じていたからです。しかし、それは、間違いでした。彼が日本の耳の聞こえない子どもたちと身ぶり手ぶりで2時間対話したことで、考えが一変したそうです。

体験者からの声で驚くようなコメントもありました。
「世界中の人と話せる!?気がします」
「最初は音のない世界だったのに、あら不思議、いろんな声、笑い声などなど聞こえてきました」
「対話も会話も音じゃなく心でするもの」
「普段、子どもの声を聞いているようで聞いていなかったかも」

では、すこし、日本で開催されたダイアログ・イン・サイレンスをご紹介していきましょう。

Dance of Hands(手の部屋)

アテンドの導きで入った部屋には暗く中央に丸いテーブルがあり、そのテーブルだけが光で照らされています。 そのテーブルに手や腕を使って影を映し出します。小さい頃よく遊んだ影絵です。

チーム全員で言葉を使わず、コミュニーケーションを取り、アテンドの出す課題の影絵をみんなで作っていきます。言葉が使えないことが、逆にみんなとの距離を縮めていきます。真剣な顔、笑顔、悩む顔、言葉が使えない分、それが表情になって現れます。

部屋を訪れる度に変化するコミュニーケーションの仕方

(すべての部屋をご紹介するのはNGです、すみません)手や指でいろいろな言葉を表現してみる部屋、自分の目の前にある積み木のようなおもちゃを自分の前にあるものと同じように相手に配置させられるかという部屋。例えば、トーストがお皿に乗っていたら、それを相手にどうジェスチャーなどで伝えるかなどです。

いろいろな部屋で無音の世界を体験するたびに、チームのコミュニケーションは高くなります。体全体や細かな指の動きなどで、自分の意志を伝えられることが分かっていきます。複数のチームに分かれてゲーム形式で意思疎通をとったりと自分の考えてることをを表現する方法が徐々に増えていくことに気づきます。

対話の部屋

最後に入る部屋が「対話の部屋」です。一時間以上ヘッドフォンで無音の世界のなかでコミュニケーションを取ってきて、最後にヘッドフォンを外してみんなと感想などを自由に話し合います。

コミュニケーションを取るときに相手の目を見て話すことの大切さや、言葉を使わなくてもコミュニケーションが取れることを再確認できます。

音のない世界での対話と言葉での対話の違い

相手に何か伝えるということは、伝えたいと思う気持ちの強さ

アテンドの方のジェスチャーですが身体の動きだけでなく表情を変える、作ることで相手の言いたいことが伝わりやすくなるそうです。頭を動かしたり、傾けることで伝わる言葉もありますよね。そして、一つ一つの動きを大きくすることも伝わりやすさに繋がるのです。これは、伝える側も受け取る側も、緊張と集中力が必要です。

相手に何か伝えるということは、伝えたいと思う気持ちの強さ

相手に何か伝えるということは、伝えたいと思う気持ちの強さ

人の情報の約80%を視覚から得ているという研究発表があります。そのことを考えると真っ暗のなかで自分の周りに何があるかわからないという環境にいる事より無音の世界の中にいるほうが恐怖心や不快感は薄れます。その反動で出てくる障害もあります。

一生懸命伝えようとするがゆえに、自分の伝えたいことが上手く伝えられなくて、その苛立ちや焦燥感が表情に出てしまいます。その結果、受け取る側が送る側のジェスチャーよりも表情を読み取ってしまい、受け取る側と送る側に溝ができてしまったりすることにがあります。このような事象は無音の世界だけで起こるものではありません。

私たちの日常でも受け取る側は、送る側の表情も見ているということを考えながら、言葉で伝えていくということが大切だという事にも気付かせてくれるのがダイアログ・イン・サイレンスなのかもしれません。

6つのブースを周り約90分の体験です。ごくごく普通に当たり前に普段使ってる言葉「ありがとう」「ごめんなさい」。その言葉を声に出して言うだけでいいやと思っていることが、実はちゃんと相手に伝わっていないことがあるということを考えさせられます。また、参加者の9割以上が「他の人にも薦めたい」と回答したそうです。

ダイアログ・ウィズ・タイム

70歳以上の人がアテンドとなって命や時間、生き方について世代を超えて対話。高齢者が携わる新しい形の仕事を考えると共に、今問題となっている高齢化社会に対する理解を深め、世代間の溝をなくして、高齢者に対するネガティブなイメージをポジティブに転換させるという新しい試みです。

高齢者に新たな働く機会を提供でき、自らの才能や可能性を紹介する機会にも繋げられます。2012年イスラエルでスタート以降、ドイツ、スイス、台湾、フィンランド、ブラジル、シンガポールで開催し、日本では2017年3月25日に初開催しました。

日本におけるダイアログ

日本におけるダイアログ

我々の国日本でもこの活動は行われています。しかし日本でダイアログを行うのには当然日本人の協力が必要でした。日本におけるダイアログの生みの親と言っても過言ではない、アンドレアス・ハイネッケが日本で一番信頼を寄せる人物が存在します。

志村季世恵

1962年生まれ。バースセラピスト。
1990年「癒しの森」を故志村紘章と共に立ち上げ、カウンセリングを担当。
クライアントの数は延べ4万人を超える。
2007年「癒しの森」を閉院。
現在は「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の運営に力を注ぐ傍ら、
フリーでカウンセリングや、末期ガンを患う人へのターミナル・ケアを行う。
「こども環境会議」代表
「ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ」代表理事、4児の母。

主な著書
「さよならの先」
「いのちのバトン」(講談社文庫)
「大人のための幸せレッスン」(集英社新書)
「ママ・マインド」(岩崎書店)
「親と子が育てられるとき」(内田也哉子共著・岩波アクティブ新書)等
「まっくらな中での対話」(講談社文庫)脳科学者茂木健一郎氏と暗闇での対談

彼女の尽力がなければ、日本でダイアログの開催はなかったでしょう。彼女はまだセラピストという職業が一般的ではない頃からセラピストとしていろんな患者さんと接してきました。そんな彼女だからこそ、成しえたことだと思います。

ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

志村さんが代表を務める、ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ。ダイアログ・イン・サイレンス、ダイアログ・イン・ザ・ダークの開催はもちろんダイアログ・ウィズ・タイムも開催しています。

志村季世恵が受けた衝撃

志村さんは、ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験した人を見て、これはすごいと思ったことがあったそうです、普段は静かな子が暗闇ではリーダーシップをとっていたり、いじめられていた子が暗闇の中でいじめっ子の手をとって出てくることもあったそうです。中には泣きながら出てくる人もいて、志村さんがその理由を尋ねると「私は人が好きだったって分かって泣いています。」と話してくれたそうです。

2006年のトリノオリンピックでは、ダイアログがオリンピックとパラリンピックとの懸け橋のような役割をしました。真っ暗な中でトリノの街を感じることを体験してみたり、更にはボブスレーまで暗闇の中で体験できるようになっていたそうです。

障害者雇用の未来とアンドレアス・ハイネッケ切り開いた道

障害者雇用の未来とアンドレアス・ハイネッケ切り開いた道

ダイアログが障害者の雇用の場にもなっています。ダイアログン・イン・ザ・ダーク、ダイアログ・イン・サイレスはチャリティではありません。暗闇を売る、音のない世界を売るビジネスですから、アテンドとして活動する障害者もボランティアではなく、しっかりと給金をもらうスタッフとして働いています。障害者には、ダイアログで働いて収入を得ることで社会の一員として認められることになるのです。

これまで家族や周囲の人から支えられてばかりいた視覚障害者たちにとって、暗闇や音のない世界の中でリーダーシップを執ることと、その仕事で収入を得ることは、大きな自信と喜びになっています。

アテンドスタッフは地域の障害者のコミュニティに依頼して募集しています。
これまで9000人以上の視覚障害者が採用されています。また、ダイアログン・イン・ザ・ダークでの仕事をステップアップにして、次の仕事へ移る障害者の方もいます。アンドレアス・ハイネッケは日本で凄くうれしかったことがあるそうです。

数年前に来日した時に、シャイな女の子と出会ったそう。彼女は、引っ込み思案であまり外に出ることもなく生活していたそうです。どこかで、ダイアログン・イン・ザ・ダークのスタッフ募集を耳にして、勇気をだして応募してきました。彼女は家族と兵庫県に住んでいたのですが、東京への上京を決意!そして見事採用となり、ダイアログン・イン・ザ・ダークのアテンドとして働きはじめ、しっかりと給料をもらい、アパートで自立した生活を送るようになれたそうです。これこそが、アンドレアス・ハイネッケが出したかった結果なのかもしれません。

税金を払う事は当然で、特に意識をした事がないという人がほとんどだと思いますが、彼らにとって、税金を払うということはある意味とても重要なことなのです。世間からただ守られていた存在から、自分自身で税金を納めることで社会の一員として認められた証を得た事になります。それはまさに弱者という立場からの卒業なのです。

2020年の東京オリンピック、パラリンピックに向けて、出場する選手やスタッフだけでなく、観光客に対しても私たちは受け入れ態勢を整えていかなければなりません。相手が障害者であろうがなかろうが、言語が違う人であっても、人と人は対話できることをアンドレアス・ハイネッケが証明してくれました。対話という「おもてなし」を世界に見せてあげましょう。

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